貯金箱でめざせリッチ!

昔の貯金箱

現在のように、金融機関にお金を預けて貯めていくという方法がとられる前は、自分達で入れ物にお金を入れて貯めていました。貯金箱はお金を入れて貯めていくものですから、貝や石をお金として扱うようになってから生まれたものでしょう。いつころ貯金箱が誕生したのか定かではありませんが、お金を貯めるという概念の他に、お金を保管しておくという考えもあったのかもしれませんね。

室町時代の貯金箱

室町時代の貯金箱

室町時代には、壷の中にお金を入れて貯めていたようです。『せんべい壷』と呼ばれている壷で、伊賀で焼かれた壷で、中に小銭が入った状態で出土されています。『せんべい』の由来は、『銭瓶』からではないかと言われています。元々は、縄文時代末期にみられる甕(かめ)がルーツと考えられています。縄文時代に稲作が始まり、穀物を甕(かめ)に蓄えていたと考えられます。こうして、甕(かめ)に物を入れて蓄えておくということが、縄文時代からあったと言われているのです。現在の貯金箱の形状とは全く違うので、『貯金箱』という言い方は適切ではないかもしれませんが、これが貯金箱の始まりと言ってもいいかもしれませんね。

江戸時代の貯金箱

江戸時代の貯金箱

江戸時代になると、貨幣制度が徳川家康によって整えられました。このことから商業が盛んになり、『両替屋』といった、貨幣の両替を手数料を取って行ったり、お金の貸付や預金などを扱う両替商や、『掛屋』と言って、幕府や諸藩の公的なお金を扱う商人、『札差』という、蔵米の売却の代行をしながら、蔵米を担保にしてお金を貸したりする金融業、『頼母子』という、お金を出し合ってクジを引き、当たった人に決まった金額を渡すという、現在でいう無尽講などが盛んになります。しかしこれらは武士や商人に対するもので、農民に対しては、ごく一部でしか行われておらず、一般的ではありませんでした。

どんな貯金箱?

銭筒

こうして商業が盛んになる中で、商人たちがお金を蓄えるために使ったものは、時代劇などでおなじみの千両箱や木でできた銭箱でした。これらの箱は簡単に壊れないように鋲が打たれ、四隅を鉄の金具でとめた、とてもしっかりとした作りになっていました。鍵をかける仕組みになっていて、誰でも勝手に開けられるものではありませんでした。もちろん一般庶民がこのような立派な箱でお金を貯めていたわけではありません。庶民が使っていたのは、現在の貯金箱にとても近く、竹の筒にお金を入れる穴を開けて、毎日一定のお金を入れて貯めていく『銭筒』と呼ばれるものを使っていました。その他にも、壷にお金を貯めている人も多かったようです。また、『堪忍箱』と呼ばれる箱があり、買い物をしたときに、節約して安い物を買い、余ったお金を貯めておく入れ物だったと言われています。

明治時代の貯金箱

明治時代の貯金箱

貯金箱が一般に普及し始めるのは、明治時代まで待たなければいけません。明治時代には文明開化があり、欧米文化が盛んに取り入れられるようになり、銀行制度や郵便貯金制度も整えられるようになりました。この頃から貯金箱が一般庶民にも普及し始めます。それまでの日本人は貯蓄に対する意識が薄く、『宵越しの銭は持たぬ』という江戸っ子気質はあまりにも有名です。

どんな貯金箱?

明治の頃から、貯金箱らしい貯金箱になってきます。素材も土焼きのものが多く、形も宝珠の形のものが多かったのです。宝珠とは、上部がとがっていて、その両側から炎が燃え上がっている状態を模った玉のことで、如意宝珠を表したもので、仏様が手に持っているもので、願いをかなえる不思議な珠だと言われていました。お金がたまりますようにとの願いを込めて使うには、最適な形だったのです。明治時代の貯金箱は『地獄落とし』とも呼ばれていました。壊さなければ中のお金を取り出せなかったからです。

豚の貯金箱

昭和に入ると、貯金箱=豚というイメージができました。陶器でできた豚の形の貯金箱です。どうして貯金箱といえば豚なのでしょうか。それは、イギリスで、使わなかったコインを台所にあるpiggyと呼ばれる陶器の壷に入れておく週間があり、piggy bankと呼んでいました。Piggyが豚を意味するpigを連想させることから、貯金箱には豚の形が使われることが多くなったのです。


貯金箱って